1.退職金課税制度について
令和7年度税制改正で政府・与党は、勤続年数が長いほど所得税負担が軽くなる今の退職金課税制度の見直しについて具体的に結論を出すことを見送り、iDeCoなどの確定拠出年金(DC)を一時金で受け取った場合について見直すことを盛り込んだ。
現在は、退職金より先にiDeCoや企業型DCを老齢一時金として受け取る場合、4年空けて退職金を受け取れば退職所得控除を重複して計算できる。
それが大綱では、9年空けることが盛り込まれ、退職一時金や他の企業年金の一時金を受け取る場合、退職所得控除の計算において勤続期間の重複が除外される仕組みが導入されることになる。
例えば、iDeCoに20年加入し、会社には40年勤務して退職したとする。
これまでは60歳でDC一時金を受け取って65歳で退職した場合、その間が4年空いているので勤続期間全体に応じた退職所得控除を使えた。
改正されるとiDeCoに加入していた20年が重複するので、退職所得控除が20年分減ることになる。
なお、退職金を先に受け取って、あとでDC一時金を受け取る場合、退職所得控除を満額使うには19年空ける必要があるが、これは改正後も変化はないとしている。
一方で、今回見送られた退職金課税制度は、首相の諮問機関である政府税制調査会(会長=翁百合 日本総合研究所理事長、以下=政府税調)の「活力ある長寿社会に向けたライフコースに中立な税制に関する専門家会合」が議論を開始し、方向性を示す予定だった。
現行制度では、退職金支給額から退職所得控除額を引いた額の2分の1に所得税を課税。その控除額は、勤続20年までは1年につき40万円、20年超になると、20年目以降が1年70万円に増える。具体的には以下のとおり。
勤続年数 | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下の場合 | 勤続年数×40万円 |
20年を超える場合 | 800万円+70万円×(勤続年数-20年) |
(注)算出した退職控除額が80万円に満たない場合には、80万円となる。
例えば、勤続40年で2,500万円の退職金を受け取る場合、控除額は2,200万円となり、退職金からこの2,200万円を引いた300万円の2分の1、つまり150万円に税率をかけたものが所得税の納税額となる。
実際に
・所得税額は、150万円 × 税率5%= 75,000円
・住民税は、150万円 × 10% = 150,000円
これらを合計すると、退職金にかかる所得税額は、22万5,000円だ。
こうした退職金制度の見直しの論点は、前述したとおり、同じ会社で長く働くほど税負担が軽減されるという現行制度が、労働市場の流動性を妨げる面があり、また現在の働き方とそぐわなくなってきているのではないかとの考え方から始まった。
この退職金課税を巡っては、実は2023年6月に政府税調が見直しを提言したが、同じ会社に長く勤める社員への「サラリーマン増税」との批判が高まり、当時の岸田政権は見直しを断念。
一方、石破政権においても、政府税調の専門家会合で改めて「若い人の選択が変わりつつあり、(働き方に)中立な税制を検討すべき」との意見が出され制度改正に向け動き始めたばかりだったが、今回も国民からの「サラリーマン増税」との批判を受け、急きょ、令和7年度税制改正においては議論しないことになった。
では、政府税調ではどのような制度設計に見直すことを考えていたかと言えば、「勤続年数による控除額の見直し」「短期勤続者や転職者への恩恵」だ。
勤続年数による差の解消で、20年を超える分の控除額を引き下げた場合、退職金を住宅ローンの返済や老後の生活資金にあてようとしている人への影響は小さくない。
一方で、短期勤続者や転職者に対しては、控除額が拡大される可能性があり、税負担が軽減される可能性もある。これにより、退職金を受け取るタイミングが多様化し、労働市場の流動性がさらに高まる可能性があった。
こうした退職金課税制度の見直しによるメリット、デメリットを天秤にかけ、今回急に議論を見送る判断を下したのは、国民から理解を得られない厳しい内容だったものと推察される。
ただ、今回は議論を見送ったに過ぎず、令和8年度税制改正においては改めて議論される可能性が高い。
退職金課税制度が見直されたら、企業側も、退職金制度の見直しを迫られることになるだろう。中小企業にとっては税負担増となることも視野に入れておく必要がある。
2.事業承継を絡めた節税対策
前述してきたのは、会社で働く従業員の影響についてだが、退職金制度は、会社員と社長などの役員という立場で影響が少し違ってくる。
社長の場合、事業承継と節税対策という面から利用していることが少なくない。
会社がオーナー社長ともなれば、何十年もかけて会社を運営してきたわけだが、会社が多額の利益を出しそうなときを見計らって、オーナー社長が引退し、それに伴い会社はオーナー社長へ退職金を支払う。
ここでは単純に“節税”という視点で説明するが、基本的にはこの考え方がベースになる。
一般的に役員の退職金を決める際は、「最終月額報酬」×「勤続年数」×「功績倍率」という考え方で算出される。
「功績倍率」の考え方はまちまちだが、過去の判例などを参考に設定されることが多い。
税理士などの間ではよく「社長の功績倍率3倍が上限」と言われるが、その論拠は、東京高裁判決(昭和56年11月18日)が示した「社長3・0、専務2・4、常務2・2、平取締役1・8、監査役1・6」という数字が大きく影響している。
ただ、これはあくまで判例であり、「1・5」でも否認されていることもある一方で、「7・5」(東京高裁・昭和52年9月26日)でも認められているケースがある。
この話を突き詰めると、話が進まないので、ここでは社長の功績倍率を創業社長等の理由から「3・0」に設定して考えてみたい。
例えば、オーナー社長の報酬が月額200万円で会社を法人格にしてから40年経過していたとすると、200万円×40年×3・0で退職金は2億4,000千万円。
退職課税制度を利用すれば、オーナー社長は、退職所得2億4,000万円から、2,200万円(800万円+1400万円)を控除、それに対する1/2課税となり、1億0900万円に課税される。最高税率にはなるが、1億0900万円×45%-4,796,000円となり、納める税金は4,425万4,000円で済む。
一方で退職金を支払う会社は、売上げから2億4,000万円を損金計上できるわけで、かなりの節税となる。そのため、会社の利益が確定する決算期を見計らって、オーナー社長が退職、退職金を支払うようにすればその期の納税額をかなり抑えられるわけだ。
オーナー社長だけでなく、親族を役員にして、相続対策のためにお金を分配しながら節税できるテクニックとしても退職金課税制度は利用されている。
ただ、退職金課税制度ができた趣旨とはかけ離れた相続税対策という使い方が流行ったため、過度な節税を規制するため、2分の1課税がない「特定役員退職手当」という「5年以下の縛り」ができた。
*特定役員退職金手当役員としての勤続年数が5年以下である者が支払いを受ける退職手当等を言う。この場合、収入金額-退職所得控除額が退職所得の金額となり、退職所得控除後の残額を2分の1にする措置が適用されない。 (国税庁HP「役員等の勤続年数が5年以下の者に対する退職手当等(特定役員退職手当等) 」)。
3.退職金課税制度を利用した節税対策
役員だけでなく、節税効果を期待し、短期間の勤務の給与に代え、退職金を受け取ることで租税を回避する事例は多かった。
そのため法人の役員だけでなく、従業員についても勤続年数5年以下の短期の退職金については、2分の1課税の適用を除外することになった。
ただし、雇用等の流動化に配慮し、退職所得控除後の金額のうち300万円までは、改正前と同様に2分の1課税が適用できるとされている。
まとめ
今後、退職金課税制度が見直されるとなると、ビジネスパーソンだけでなく、役員などの退職にかかる節税対策にも大きく影響してくる。
とくに、中小企業の場合、社長がオーナー経営者で、親族が役員というケースが少なくない。
会社にお金を残しながら、どう相続対策を進め、退職金を支払っていくのか、中小企業を顧問先に持つ会計事務所としては、対策の見直しなども考えていかなければいけなくなるだろう。
※ 本コラムは2025年1月8日現在の情報に基づいて執筆したものです。
※ 当社広告部分を除く本コラムの内容は執筆者個人の見解です 。
(執筆:一般社団法人租税調査研究会 専務理事・事務局長 宮口貴志)